2章 真夏の壁
2-1 作戦公布、異動
着任から比較的すぐのことであった。
「川内参上!夜戦なら任せといて!」
川内型が揃い、戦術は水雷戦隊による雷撃戦を得意とした形に艦隊がまとまってきていた。
「夜戦までに倒してしまうことが多いが……頑張ってくれ。しかも那珂ちゃんが夜戦では先に行動するからな……」
「あれ?あの子、夜戦やったことあったっけ?」
「……無かったのか?」
「あと何で軽巡が何隻も同じ艦隊にいるのさ?」
「……おかしかったか?」
この通り、全くセオリーからは外れた指揮を執っているのだと気付き始めた頃である。建造も適当にやっていたため、偏った運を後に見せることになる。
そんなある日だった。
「提督にお仕事のご連絡です!」
いつも通り、那珂ちゃんが書類を持ってきた。すっかり那珂ちゃんに対しての振る舞いは慣れてしまい、「ちゃん」づけも普通になっていた。
「今日のお仕事はなんだかビッグらしいですよ!」
「確かに書類が多いな……どれどれ」
書類の見出しにはこう書かれていた。
――『南方海域強襲偵察!』――
「着任前に対・深海棲艦の大きな作戦があったと聞いたが……どうやらそれのようだ。大本営から直々の、公式の指示のようだ……。」
提督として着任したという実感が肌を震わせる。それをよそに、秘書艦がストレートに疑問を投げかける。
「那珂ちゃんたちの練度で行けるのかなあ?」
「ん?ああ……やってみないとわからんな……」
「準備しておきますね!」
流石にそこは四水戦旗艦である。訓練に関しては真面目にやっているようだ。神通、川内と合わせると優秀な旗艦が揃っている……もっとも、駆逐艦の起用法が確立していない状態ではあったのだが。まだまだ提督としては未熟であった。とりあえずペラペラと書類をめくり、目を通す。
「4段階作戦……最初の作戦には参加できればいいな。」
「えー!最後まで行けば大和さん支給なのに!」
「んあ?!――本当だ。」
一応秘書艦の仕事はやっているらしい。一通り読んだ、ということだろう。
「練度的にさすがに……難しい。」
「んー……仕方ないかあ。……あー、あと、野良猫ちゃんの駆除もやるらしいですよー。」
「ほう」
野良猫というとかわいいイメージだが、艦娘が海由来なのを知ってか知らずか、彼女たちを見かけると襲いかかってくるらしい。そいつらはシーチキンじゃないぞ。……ちなみに那珂ちゃんは全対象に対して「ちゃん」をつけている。
「反撃すると大変になっちゃいますからねー。」
「R-18Gは間違いないな。木っ端微塵だろう。」
「那珂ちゃんはハムスター?ちゃんとかの方がいいかな?那珂ちゃんみたいにかわいいらしいし!」
こうして話の道筋が逸れ、暫くの談笑が始まった。作戦資料はテーブル代わりの段ボールの上に置きっぱなしだ。
「提督!」「司令官さん!」
大淀と電が突然、扉を開けて入ってきた。
「どうした?二人揃って。」「なあに?」
何故か俺が呼ばれているのに反応する秘書艦。
「辞令が届きました!異動です!」「場所はえっと、大……」「大湊警備府(おおみなとけいびふ)、よ。」「なのです!」
目の前が暗転する。
「さ、左遷……か?」
「いえ、鎮守府の許容人数をオーバーしたので……要するにただの引っ越しですね。」
「な、なんだ……」
大本営はそれほど厳しくないということだったが、結果が芳しくないとどうなるかわからないという思いがあった。杞憂だったようだが。
「満員のドックから解放されるの?!やったー!!」
那珂ちゃんは那珂ちゃんらしい反応を示した。しかし途中参加も合わせて数万人が大湊に異動・着任するだろう。ドックが満員になるのも時間の問題だ。
「では、そういうことなので荷造りを……終えていらっしゃいますね?」
大淀がすっとぼける。
「まだひとつも段ボールから出してないだろ!」
笑いがわきおこった。
すっかり辺りは暗くなってしまった。部屋にはまたもや二人きりである。
「異動……か。」
作戦資料を段ボールにしまいこみ、独り言をつぶやいた。それをしっかり拾う秘書艦。
「大湊ですよねー。遠いなー。」
「ちなみにどこだ?」
「青森県だよー。」
京都・舞鶴から青森・大湊へ。新天地で真夏の作戦にとりかかることになる。
「よし、じゃあ長時間の移動になるが、我慢してくれよ。明日のマルキューマルマルにドック前集合だと皆に伝えておいてくれ。」
「はーい!おやすみなさーい!」
翌日には、新天地だ。