第1章 初日
1-2 初戦
「ここが本当の司令官さんの部屋なのです。」
8畳間くらい……だろうか。荷物の段ボールが積み重ねて置いてある以外は何もない、ただの部屋だ。
「一人暮らしのときを思い出すな。これよりはもう少し狭い部屋だったが。」
提督業募集の広告を見たのは横浜だった。そのときには近くの横須賀鎮守府は既に満杯で、遠地に行かなければならなかった。そのなかに幸い、地元に近い舞鶴があったのだ。
「最上階だけあって、良い景色だ。」
「…司令官さん、お仕事頑張りましょう。」
「ああ。」
――ピピピ……電文だ。
「最初の任務なのです!」
「内容は?」
「偵察に来た駆逐艦1隻を倒せ!だそうです。」
「電、よろしく。」
「はい、なのです。」
さあ出撃だ。まずはこの階段6階分を降りるというところからだ。出撃する前に疲れてしまわないかという気持ちもあるが、この間に落ち着いて指揮体制を整えねば……さもないと、敵と同レベルの駆逐艦である電がどうなるか、保証はない。
海が眼前に広がっている。港で初の出撃の前にレクチャーを受ける。
「司令官さんは旗艦……つまり私に出撃、追撃、退却の指揮を出します。」
「ふむ」
「後は指示を艦娘にするのです……が、普通は砲撃音で聞こえないので、最初にとる陣形以外は私たちにおまかせなのです。」
「ん?」
「最大目標を撃破したら、新しい海域に行くのが許可されます。あとは任務をこなすのです。誰かが怪我したらお休みさせるのです。」
「待って、俺……んん……私の仕事は?」
咳払いをして訂正したが、もうばれているかもしれない。
「え?……えーっと、今言いましたけど……」
「いや、海上での仕事が陣形と進退しかないじゃないか……」
「司令官さんは忙しいのです。」
「そ、そうなのか……?」
「なのです。」
段々、この娘が本当のことを言っているのか疑わしくなってきた。ともかく、出撃するしかないか。
「じゃ、じゃあ出撃するぞ。」
――海上。
かつての戦争では、軍艦に人が乗って戦っていた。船は乗り物だから、当たり前だ。しかし、この戦争は違う。旗艦に提督が乗れないのだ。
「おい、電。」
「はい?」
「野良駆逐相手とはいえ、戦場にボートはまずいんじゃないか?」
数キロ後方で双眼鏡片手に俺は尋ねた。今時の戦争であるから、テレビ通話も無線で繋がっている。
「私たちの攻撃では装甲で固めたボートは沈まないのです。小さいので」
「そのくらいの攻撃力で敵もこの国を攻めようとしている、と誰が言ったんだったか……。」
「か、数が多いのです……!」
「せいぜい数万規模じゃないのか。元々の募集人員は2000……」
「敵は数億と聞いたのです。」
「……」
募集人員が大幅に超過しても集める理由はここにあったらしい。さらにこの数は爆発的に増えている、というから恐ろしい。もっとも、例の横須賀軍がかなり削っているらしいが。
「――はっ!」
電が声を上げる。どうした。そう口に出す前に続けて、
「敵艦発見なのです!駆逐イ級なのです!当方1隻なので陣形は単縦陣なのです!電の本気を見るのです!」
「はやいはやい」
「指示を!」
……我に帰る。途中からいい加減に話を聞いていたせいで、指示をする側だということを忘れていた。轟沈の可能性はないわけではない。すぐに中継画面を見る。左舷前方から突っ込んでくる敵艦。軍艦は……確か側面が強いはず……。
「右舷旋回、機関停止、左舷から集中砲火と雷撃だ!」
「なのです!」
直後に爆発音。こちら側への着弾だ。指示が遅れたせいで電に敵の砲弾がかすった。数秒後に砲撃音が聞こえた。今度はこちらの攻撃のようだ。命中まではいかないようだ。その後の敵の攻撃は先ほどの指示で回避できたか。
「魚雷、命中させちゃいます!」
そう聞こえたような気がしたが、もはや轟音で聞き取ることは難しい。映像も波しぶきで見えにくい。やっとカメラの視界が開けたとき、そこに見えたのは遠くの白いしぶきと、その中から現れた駆逐イ級だった。そしてその体は半分以上、水の中だ。
「……命中したのです。」
――本部、応答せよ。本出撃の報告をする。戦果、駆逐1。損害軽微。初戦は本部より帰投命令のため、これより艦隊は帰還する。――
「……無事だったか。」
「酷い怪我じゃなかったら、多分すぐには沈まないのです。」
「そうか。……指示が遅れて申し訳なかった。」
「最初だから……大丈夫なのです。」
初戦は、上出来ではあったがやや被害もあるという
――後に、電もこのときが初戦だったということを知らされ、肝を潰すことになるが、それは別の話である。……そのことよりも、そんなことよりも――
「新しい艦が合流なのです!」
「お?」
記念すべき初ドロップは――
「艦隊のアイドルぅ~!那珂ちゃんだよー!!よっろしくぅ!!!」