第1章 初日
1-1 艦娘
薄暗い司令室のなかには少女が立っていた。髪を後ろで束ねて持ち上げてある、あまり見ない髪型だ。
「こんにちは。……君は?」
「あ、あの……特型駆逐艦の電です。どうかよろしくお願いいたします。」
「駆逐艦?」
どうみても少女にしか見えないその子は、自分を駆逐艦だと言い放った。意味不明な言動に戸惑いを隠しきれない。確かに重武装ではあるが……。
「あ、あの、もしかして艦娘のこと、ご存じないですか?」
「ん、あ、ああ。何だそのカンムスとやらは。」
察しのいい子で助かった。その前にお茶でもと促され、そばにあったテーブルとソファーでくつろぎながら話を聞くことになった。
「あの、艦娘というのは太平洋戦争以前の軍艦の記憶をもった子たちのことなのです。」
――太平洋戦争は全国民を巻き込んだ過酷で凄惨な戦争だった。そのなかには海で戦った人もいた。そのときに用いられたのが軍艦だ。軍艦は兵器としてだけでなく、移動手段として、住空間として、そして団結・友情の場として用いられた。もちろん、多くの軍艦は敵国により沈められ、多くの人がそこで命を落とした。兵器の中では最も多くの、プラスとマイナスの感情が飛び交っていたといってよいだろう。
「その軍艦たちの金属の一部が記憶を持ったまま海に溶け出して、海中の物質と結びついて艦娘のもとになっているのです。」
急にわかりにくい説明が出てきた。どうやら彼女が言うには、遺伝子のように記憶を受け継ぐ記憶子のようなものが軍艦の鉄イオンと海中の詳細不明の物質によって生まれ、それが育って艦娘になるのだそうだ。しかし、これには重大な問題があるらしく、正の感情……例えば名誉や栄光、友情、思い出……そういったものと、負の感情、すなわち恐怖や無念のようなもの、このバランスによって記憶子は別の育ち方をすると言う。
「辛い気持ちが強いと深海の方にそれが沈んでしまうのです。そして今回の撃破目標となっている深海棲艦となるのです。そして辛い気持ちを晴らそうと、本土に迫ってきているのです。」
要するに、報復攻撃だ。自分が沈んだのは国のせいだ。そう主張する者たちが進軍してきているのだ。そして厄介なことに、この原因である記憶子のバランスはおおよそ正負が1:9のランダムなのだそうだ。
「それを何とか止めたいのです。次々に敵は生まれてきますけれど……私たちの生まれた国が攻められるのは嫌なのです。今回はそういうことで国に司令官さんを集めてもらうようみんなで頼んだのです。」
――
「丁寧な説明ありがとう。事情はよくわかった。おr……私たちがいるから安心したまえ。」
つい咄嗟に、良い司令官ぶろうとして一人称を俺から私に修正してしまった。いい機会だし言葉に出すときは使っていこう。そんなことを考えていると、予想外の返答が返ってきた。
「それがまた問題なのです。」
「え?」
「多すぎるのです!」
「……確かに舞鶴鎮守府には人も多いし建物も多かったな。この建物と同じ建物がたくさん建っていたが、いったい何軒あるんだい?」
「2000軒なのです。」
……思っていたよりも少ない。舞鶴鎮守府本部にいた多数の人と道中の疲れで数万軒にも見えたのだろう。一人に一軒だから2000人、確かに一拠点の司令官としては過剰かもしれない。戦うのは艦娘だからいいのかもしれないが。
「ということは司令官は2000人だね?」
「……はわわ、そのことも言い忘れていたのです。」
嫌な予感。
「2000人を見込んでいたのに10万人以上来たのです!」
「……っ!?」
「全員採用が原則なので予定の50倍も司令官さんになっちゃったのです!おかげで司令室が全然足りなくて、この私たちの宿舎になるはずだった建物の全部の部屋を司令室に変えてもまだ溢れそうなのです!」
「ということは……?」
「司令官さんのお部屋は最上階の6階なのです。早くここから出ないと次の人が来ちゃうのです。」
「建物も工廠も共用か…?」
「なのです!」
先が思いやられる船出である。